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NPOと自治体

2007年08月23日 17:29

パートナーシップ(3)特定非営利活動法人 HIVと人権・情報センター

コーナーのご紹介:

このコーナーでは、NPOが実際に取り組んでいる地域課題を通して、NPOと自治体のパートナーシップがどうあるべきかについて考えていきたいと思っています。

活動の現場で実際に起きていることを通じて、NPOの限界、行政の限界がどういう点にあるのか、またそれぞれが果たすべき役割は何かについて、浮き彫りにしていきます。


団体名:

特定非営利活動法人 HIVと人権・情報センター

【団体概要】

HIVと人権・情報センター(JHC)は、HIV感染者・AIDS患者の人権擁護と、医療と福祉の向上を目指して活動するNPOです。1988年に大阪で発足、現在は全国に8つの支部を持ち、各地の支部が連携して、エイズに関する相談電話(ホットライン)、HIV感染者へのサポート、調査・研究、啓発プログラムの実施など、HIV問題に関連する幅広い事業を行っています。


写真 HIVで亡くなった人を追悼するキルト


【協働事業の内容】

東京都は、1993年から、夜間にHIVの検査ができる「南新宿検査・相談室」を開設しています。この検査室・相談では、HIVに感染しているかどうかを調べるHIV抗体検査とともに、エイズの不安に応える電話相談、検査前後の心理的なサポートを行うカウンセリングなどを行っています。夜間に常設でこのようなサービスを提供する機関を設置している自治体は、全国でも東京都だけです。

JHCは、検査前後のカウンセリングに対して相談員を派遣するとともに、この検査室の常設のエイズに関する電話相談(月曜日から木曜日の朝9時から夜9時までと、金曜日の朝9時から夕方6時まで)の運営を行っています。

この事業では、事業の開始当時から、行政とNPOとの間で月例の情報交換会を持ち、相談件数や相談内容を分析して、相談対応が適切か、情報に変化があるかなどの調整を行っています。エイズの相談では、検査の受け方や治療などの情報提供だけでなく、偏見や差別、間違った情報からパニックを起こしている人への対応など、複合的な相談を受けることが多くあります。JHCは相談者の傾向や相談内容の変化について報告し、行政は最新の医療や制度の情報を提供するといった緊密な連携をとることで、より相談者のニーズや不安に配慮した相談が行われるようになりました。

【協働事業の背景】

1992年頃、外国人女性のHIV感染が社会問題として大きくクローズアップされ、エイズ検査の件数が急激に増加しました。東京都は、それまで保健所で行っていたエイズの相談だけでは急増するニーズに対応できないと考え、大規模なエイズ啓発キャンペーンを行うことになりました。このキャンペーンの一環として、1ヶ月間の夜間のエイズ相談電話を開設することが決まりましたが、行政が夜間業務を行う難しさなどがあり、すでに民間活動として電話相談実績があったJHCに事業の運営が委託されました。

写真1

電話相談の様子

JHCは、発足当時から医師や保健所でも十分な情報提供ができない中で、独自に海外から情報を収集するなどして、ボランティアによるエイズの電話相談を開設していました。エイズに対する不安に応えるだけでなく、市民のニーズに沿った視点から保健所のエイズ検査や相談対応を調査、改善を求める活動を行うなどの実績も持っていました。

この夜間電話相談は、予想以上に大きな反響がありました。東京都は、夜間の相談電話のニーズが多いことを認識するとともに、感染したかもしれない人や感染してしまった人が検査を受け、病院に行けるようにしなければ、HIVの啓発や感染予防につながらず、感染者の増加を抑えることができなくなるという危機感も持ちました。

その頃、「他の人に感染を広げないために、少しでも不安があればとにかく検査を勧める」という画一的な対応をしている保健所が多く、相談した人が保健所の対応にかえって不安になったり、検査を受けても将来の見通しが立たないなら結果を聞かない方がいいと検査結果を確認しに行かなかい人も現れました。「役所に相談したら通報される」「同性愛の問題が理解されるはずがない」というような思い込みから保健所の相談を利用しない人がいることなども、民間の相談に寄せられる相談者の不安や、行政に対する不満から明らかになりました。

こうした背景から、エイズの相談は、行政よりもNPOが相談を受ける方が、不安を持っている人にとってよりアクセスしやすく、ニーズにきめ細かく対応できると判断した東京都は、翌年、エイズに特化した相談窓口と常設の検査施設である「南新宿検査・相談室」を開設し、JHCが継続的に電話相談業務の事業委託を行うことになりました。

写真2

相談室の壁。最新情報が掲載されている。

【協働事業の成果】

エイズの相談では、検査の受け方や病気の症状など、予め答えを用意しやすい質問だけでなく、性行動や同性愛の問題などの個人のプライバシーの深い部分に関わる相談や、感染した後の生活に関するありとあらゆる悩みや困りごと、薬物や犯罪が絡むような問題などが持ち込まれます。JHCのように、感染者の救援や権利擁護活動に長く携わってきたNPOには、活動の中で感染者や患者の具体的な情報ニーズを把握し、情報収集を行っているため、こうした複雑で多岐にわたる質問に対しても具体的に応えることができます。

また、保健所など行政の窓口では、どの担当者でも同じ対応ができるよう、どうしても情報発信中心の画一的な情報提供となりがちですが、NPOの相談では、まず相談者の話を共感して話を聞くことによって、相手の気持ちを和らげ、相談対応者の話を受け入れられる心理状態になった段階で必要な情報を伝えるというプロセスを重視します。こうしたプロセス重視の相談は、相談者の「相談して良かった」という満足度を高めることにつながり、結果として「検査を受けてみよう」「治療をしよう」という前向きな気持ちを引き出すことにもなります。

東京都はNPOとの協働による電話相談を通じて、現実的な支援につながる情報提供が可能になり、感染者支援と予防対策という事業目的がより効果的に達成されるようになりました。

HIVの問題では、社会の中での差別や偏見がまだまだ大きくあり、当事者が社会的な不利益を被らないようにするために、守秘義務が徹底されなければなりません。そのため、保健所での検査は匿名で受けられるようになっていますが、一方で、感染がわかったときには、速やかに医療や福祉へのサービスにつなげられるようにしておくことも欠かせません。この点も、NPOが窓口や対応を一本化することで、ワンストップの情報提供が可能となり、サポートへのアクセスがより簡単になるという効果も生み出しました。

【協働事業の課題】

個人に対する支援活動よりも、行政として行うべき手続きが優先されるため、相談者にとって民間活動の方がアクセシビリティが高いことが少なくありません。性行為など個人のプライバシーに踏み込んだ領域の相談に対して、NPOと行政の協働によって得られる効果は高いのですが、感染予防と患者の人権擁護という両立させるのが難しい問題が出てきた時には、行政、NPO、立場の対立が表面化しやすいという側面もあるのです。

この点で、HIV感染者への支援と予防啓発の推進という共通の目標を再確認できる情報交換会を定期的に持っていることが、この事業の良いパートナーシップを生み出していると言えるでしょう。またJHCでは、協働事業を広げてより多くの地域に協働事業を広げていけるよう、まず行政が予算をつけやすいHIV問題を担当する担当者向けの研修プログラムやマニュアルを、全国の自治体に提供しています。研修プログラムには、たとえば電話相談、抗体検査、告知、感染者からのカウンセリングなどが含まれます。こうしたノウハウの共有の仕組みづくりを工夫することも、対立しがちな問題で協働をすすめるときには重要です。

協働関係にあるといっても、行政とNPOとの緊張関係は常にあります。たとえば、行政の窓口担当者が変わったとたんに対応が差別的になったと、利用する側からのクレームがJHCに入れば、行政に対してJHCは対応の改善を要求しますし、逆にJHCのサービスや業務のやり方に行政が改善を求めてきたりといった具合です。この緊張関係が、双方の業務に対するプロ意識を競い合う土台を作っていると言えるのかもしれません。

【結び】

この事業は、任意団体に行政が事業委託を出すことそのものが問われた時代に始まり、その中でよりニーズにあったサービスができるかを行政とNPOとが率直に話し合いながら事業がつくられてきました。

医療や福祉には、行政にしかできない事業も、NPOの方が効果的に事業が展開できる分野もあります。どちらか一方の努力だけでは、問題解決に向けて前進することができません。

JHCと東京都の事業は、「行政のできることにも、NPOにできることにも限界がある」という現実の中で、限界をふまえながらも双方が最前の努力とプロ意識を持って問題解決に取り組んで行くことが、協働の原点であることを教えてくれる好例と言えるのではないでしょうか。

■ 団体概要

設立:

1988年

事務局:

東京都千代田区

設立目的:

HIV感染者の人権擁護と医療・社会福祉の向上及び感染不安を持つ人、またあらゆる人権といのちを守り、守られる、だれもが共に生きられる社会の創設を目指して活動する市民団体。

主な事業:

1)HIVホットライン(電話相談)
2)感染者直接救援
3)ゲイ&レズビアン・プロジェクト
4)講演・研修
5)YYSP活動(若者相互の「AIDS啓発プログラムの実践活動)
6)その他啓発活動
7)アドボカシー・裁判支援
8)調査・研究・学会発表
9)ネットワーク
10)出版

代表:

五島真理為(理事長)

スタッフ:

常勤3名(本部スタッフ) ボランティア:約250名(全国)

会員数:

約430名(全国)

直近の決算額:

約2400万円(本部会計)

URL:

http://www.npo-jhc.com/

■ 取材関連情報

取材日:

2004年2月4日

場所:

JHC事務所(東京都千代田区)

対応者:

五島真理為(理事長)

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