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NPOの信頼性

2007年08月23日 17:48

訪米調査の事例から(6)レスター・サラモン博士

2005年9月5日から17日まで、シーズでは国際交流基金日米センターの助成を受けて、米国のワシントンD.C.、ボルチモア、ニューヨーク、シカゴ、インディアナポリスの5都市を訪問しました。訪問団は、シーズ事務局長・松原明、茨城NPOセンターコモンズ事務局長の横田能洋、グローバル・リンクス・イニシャティブ事務局長の李凡、シーズ・プログラムディレクターの轟木洋子の4名(敬称略)で構成。NPOの信頼性に係る日米の現状、また信頼性向上のための取組みなどについて、23の団体を訪問し、米国側の専門家たちと意見交換をしてきました。

そのなかで、特に印象に残り、日本の皆さんにも参考になると思われる15の記録をご紹介します。

※ご紹介する方々の肩書きや団体の活動などは、訪問当時のものであり、その後、変わっている可能性があります。ご了承ください。また、文責はシーズ事務局にあります。

第六回 レスター・サラモン博士

ジョンズ・ホプキンス大学教授 レスター・サラモン博士
2005年9月8日(木)訪問

レスター・サラモン博士は、世界全体の非営利セクターの実証的研究の先駆者的存在。ジョンズ・ホプキンス大学教授で、同大学の市民社会学研究センターの所長。ワシントンDCのシンクタンク「アーバン・インスティチュート」のガバナンス及びマネジメント調査センター所長も務める。サラモン博士の著作は日本でも「NPO最前線-岐路に立つアメリカ市民社会」(岩波書店)、「台頭する非営利セクター」(ダイヤモンド社)、「米国の非営利セクター入門」(ダイヤモンド社)など、翻訳され出版されている。

ミーティングの日は、多忙なスケジュールを調整して、米国訪問団が宿泊するホテルまでわざわざお越しいただいた。以下は、その議論の中心的部分である。


訪問団:

 日本では、NPO法人の数が急増。一方で、これまで行政がやっていたものを民営化していくなかで、NPOが行政の下請け団体となり、独立性を失ってしまうケースもある。行政のなかには、外注のためのよいNPOがないために、自らNPOをつくってしまう例まである。さらには、「NPOでありながらビジネスをしている」という批判もあれば、企業がNPOをつくってビジネスに利用するケースも出ている。なかには、暴力団や詐欺師がNPOを利用して募金する犯罪事例もあり、市民からすると「NPOは何なのか」という疑問視する声も出てきている。

NPO法では、収支計算書や貸借対照表は公開することになっているが、会計基準がないために、一般の人にはNPOを見分けることができない。このようにNPOの信頼性が日本では課題となってきており、サラモン先生が記事に書かれた4つの危機は、日本の状況にも似ていると思う。今日は、米国の事情などを伺いたい。

サラモン博士:

 再確認すべきことの1つは、NPOの財源である。西欧など、先進諸国の多くでは、政府から半分以上の財源を確保するNPOが多く、ここにはいかに独立性を確保するかという問題がある。

2つ目は、収益を得る事業がNPOによって行われているが、特に米国ではこれが行き過ぎだという点である。米国のNPOセクターの財源の半分以上が収益事業によって得られているが、これは今に始まったことではない。以前は、NPOの行う収益事業は非課税であったが、このことに対する反発を解消するため、米国では「非関連事業税」(Unrelated Business Tax)が導入された。つまり、団体の目的を直接達成するためではなく、収益を目的とした事業には税が課されるようになった。

透明性、信頼性の確保は難しい課題。NPOセクターに対する国民の期待や基準が高すぎることもあるし、メディアが問題のあるNPOについて過剰に報道していることもある。しかし、いくつかの取り組みはあり、例えば、各NPOが国税当局に提出する確定申告書が、電子ファイルに落とされてインターネットで検索・閲覧することができるようになっている。これは、透明性の確保に一定の役割を果たしている。

信頼性を確保するためには、3つの戦略を同時に追求する必要がある。

1つは、情報公開により基本的な透明性を確保すること。この情報へのアクセスは、多くの人にとって可能なものでなくてはならない。これは、規制当局が行うべきもの。

2つ目は、規制当局の強化である。一般市民の利益を守り、報告し、不正行為があれば取り締まることが必要。米国では、各州にこの規制当局があるが、規制がゆるすぎたり、あまり積極的に監督してこなかった。かといって厳しすぎるのも困るので、適切な権限で監督が行われることが重要である。

つまり、当局の規制は信頼性を守るということに焦点を当てるべきで、透明性確保や財務諸表の公表について監督をすべき。団体の資産の使途も一般市民の関心のあるところで、理事の資金流用、あるいは目的に沿った事業を展開しているかなどは規制の対象になっていい。

規制の対象になるべきではないのは、団体の内部の活動、毎日の運営方法、職員の採用などである。また、団体の設立については自由にすべき。当局の許可を得てから設立できるというシステムには賛成しない。NPOを設立するという行為は、民主主義国家に住んでいる市民の自由であり、当然の権利だ。

3つ目は、新しい考え方だが、「成果測定」(performance measurement)、つまり事業を遂行しどれだけ目標に達成できたかという尺度の導入である。これまでは、ガバナンスや財政的な説明責任ばかりが追求され、この「成果測定」は、あまり重視されてこなかった。しかし、ガバナンスや財政的な説明責任だけでは、信頼性確保に関する十分な効果は得られなかった。そこで、この成果測定の開発が求められてきている。しかし、どのようにして測るのか、誰が測るのかが課題である。これまではNPOの理事に付託されてきたことだが、それが不十分であったことから求められる新しい課題である。

訪問団:

 しかし、さまざまな分野のNPOがあり、活動も主義主張も価値観も異なる。どのように測って評価することが可能なのか。

サラモン博士:

 NPOセクター全体で共有できる「成果測定」尺度をつくるのは無理だ。それぞれの団体の理事が、その団体に合った基準をつくり、評価して説明責任を果たしていく必要がある。情報公開やガバナンスについては法的な義務付けが必要だが、この「成果測定」については法律で決めるのは好ましくなく、それぞれの団体が独自につくるべきものだと考える。

理事会が基準作りのためのチェック機能を果たし、それを公開するのがよいだろう。寄附者は、それを見て支援するか否かを決定する形だ。とんでもなくでたらめな基準をつくった場合は、一般市民もそれを見破ることが可能だろう。基準をつくっても、その内容がひどいものや、つくることさえできない団体には、寄附が集まらなくなるだろう。

訪問団:

 最近、日本ではNPOが企業の領域に入り込み、既存の業界を混乱させているとの批判もある。例えば、障害者の移送サービスを行うNPOの事業に対し、タクシー業界が不公平であるとして反対している。米国では、NPOが営利業界の労働市場を搾取しているとの問題はないのか。

サラモン博士:

 米国でも同様の問題が起きていた。例えば10年ほど前、企業とNPOとの間で、その業務分配に関しての問題が起こっている。YMCAのような社会サービスを提供するNPOが、郊外の高級住宅地に進出し、本来の目的とは異なった豪華なトレーニングジムやプールをつくり、営利企業の運営するスポーツクラブと衝突。これは裁判沙汰にもなった。これに対し、どういう判断が下されたかというと、「非関連事業税」が課されることとなった。営利セクターの利益を保護するという手法としては、一番正しいアプローチであったと思う。

私は、先ほどの例の、NPOが障害者に移送サービスを提供するというのは、全く問題ではないと思う。ただし、もし、健常者にも同様のサービスを提供することになると、その団体の本来の目的とは異なる人がサービスを受けることになるので問題になるだろう。

米国では、NPOセクターも、雇用機会の提供という点では、社会における大きな担い手となっている。全体の民間の雇用率を上回る勢いで、NPOの雇用率が伸びている。労働者は、NPOを雇用創出の源泉として受け止めるべきだろう。しかし、ここで1つ述べておきたいことは、NPOと企業が直接競争する分野においては、NPOが必ずしも有利とは限らないということである。

米国でも、本来NPOしか提供してこなかったサービスあるいは活動に、営利企業が参入しつつある。1982年当時、保育所の過半数はNPOによるものだったが、1997年に営利セクターが参入し、NPOの経営は38%にまで減少した。在宅の医療・介護サービスも1982年には60%をNPOが占めていたが、これも営利セクターの参入により28%に減った。

つまり、営利企業との競争に負けてしまった訳だ。こうしたサービスを受けたいという人も、高齢化とともに拡大し、富裕層であればNPOだけに頼らず、営利企業からのサービスを求めるようにもなってきている。また、バウチャー制度と呼ばれる、政府のバウチャー(購入券)を利用してサービスを受ける人も、そのサービスをNPOからでも企業からでも受けることができるようになった。

訪問団:

 では、NPOは企業とは競合できないということか。

サラモン博士:

 NPOは市場から投資を受けることがないので、これも営利企業と比較すると不利な条件だ。企業では、ある事業に対する需要が急増した場合、新たな投資を市場から受けることが容易だが、NPOではこれが難しく、敏捷に対応できないために企業に負けてしまうことが多い。

例えば、これまで行政からの資金を得ながらNPOが担ってきた事業があるとして、そこへの需要が高まってくると今度は営利企業も参入してくる。営利企業も政府の資金を得ながらやっている間は、NPOは単に競争に負けているだけだが、もし、ここで政府が予算をカットするということになると、企業は撤退してしまう。そうすると、これまでサービスを受けていた人たちが受けられなくなるという問題が生じる。この時にNPOが企業の肩代わりをできればよいが、そうでないと大きな問題となる。

少し異なる事例だが、本来はNPOの市場だったところに、営利企業が参入して問題となった分野が健康医療保険である。以前はブルークロス、ブルーシールドといったNPOの健康医療保険が、富裕層にも、貧困層にも多く利用されていた。ところが、プルデンシャルなど、営利企業が参入すると、もっともリスクの低い若年層や、富裕層だけを奪ってしまい、NPOには貧困層、すでに病気を患っている人、高齢者などばかりが残ってしまった。この結果として保険料が高くなってしまい、そのために保健に加入できなくなった人々も多く、現在米国では4000万人もの人が健康保険に加入していないという困った事態が起きている。これは、NPOセクターに営利企業が参入して起きた問題の一例である。

その解決策として、市場からNPOに投資が促進されるような税制に改正しようという動きもある。

訪問団:

 日本でも中国でも、Social Enterprise(社会事業)が大きな関心を呼んでいるが、米国ではその点はどうか。

サラモン博士:

 NPOのやるSocial Enterprise(社会事業)には、2つの種類がある。

1つは、収入を得るためのもの。これは、NPOの本来の目的とは直接関連しない、お金を得ることが目的とした事業。課税の対象となるべき事業である。こうした事業にあまりNPOが力を割いてやると、管理能力・経営能力が不足しているうえに、団体の限られた資源がこの事業に向けられてしまい、ほとんどの場合は失敗に終わってしまう。

もう1つは、いわゆるビジネス的な手法で、NPOの本来目的のサービスを提供するものえある。例えば、身体障害者の職業訓練サービスを提供する際、有料化することで、その事業を持続可能なものにする場合などである。これは、本来目的の事業なので課税対象となるべきではない。こうした、市場原理を活用しながら、本来目的のサービスを提供するようなものは、行政もサポートすべきだ。


サラモン博士は、日本のNPO事情にも深く興味を持ち、訪問団に日本のNPOの現状、NPOの税制などを数々質問。日焼けした顔が、いかにも世界を飛び回る研究者という印象だった。いつの日か、日本のNPOに向けての講演を実現したいものと思った。

2006.12.08

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