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吉田正人さん(筑波大学大学院人間総合科学研究科准教授)

2011.12.01
環境市民の役割、"これまで"と"これから"
~地域で活動するNPOへの助言~


吉田さん.jpg吉田正人さん 筑波大学大学院人間総合科学研究科世界遺産専攻准教授。
聞き手:NPO法人シーズ・市民活動を支える制度をつくる会 北澤哲弥
2011年7月8日 筑波大学吉田研究室にて収録

日本の環境市民活動をアドボカシーという視点で振り返ると、今、どういう状況にあるのか?
読者のみなさんの活動を全体像と照らし合わせてもらうことで
構造的な課題点が見えるのではないか...。ということで、
市民の立場から自然保護活動の最前線に立ち、国内の現場から国際的な課題まで幅広く取り組んでこられた吉田正人さんにお話をうかがってきました。
鋭い分析と理論に基づいた、有効的なアドバイスも、たくさんいただきました。
みなさんにも役立つヒントが、きっとみつかるはずです。


第1部 市民活動の歴史をふりかえる

◎地球サミットと環境基本法が大きな転機に
 まずは、環境にまつわる近年の歴史を大まかに振り返ってみたいと思います。この40年間くらいは、国内外の社会背景が変わり、市民活動と行政の関係の構図が大きく変化したことをまず理解しましょう。1950-60年代は公害問題などが顕在化した時代で、それを受けて1970年代のはじめに環境庁ができ、自然環境保全法などの法律が作られました。ただ、当時はまだ環境庁も初動段階で、自然を開発していく勢力に対抗するだけの力がありませんでした。また自然保護における市民の力も弱く、限られた場所を開発事業から守ることで精いっぱいという状況でした。その後、社会背景は少しずつ変わっていき、1993年に日本は生物多様性条約を締結。国際的な公約として自然を守る立場となり、自然保護行政の促進を図らなければならなくなりました。また2001年には環境庁が省へと格上げされ、行政としての影響力も以前より大きくなりました。
 大まかに言うと、1990年代以前は市民活動と行政は敵対する構図が多かったのですが、こうした社会背景の変化を受けて、両者は徐々に協力し合う関係に移りつつあります。全国のさまざまな地域の自然を守っていくためには環境省や自治体の力だけでは困難です。今、地域で活動するNPOには、ネットワークで集めた市民の意見をまとめて、行政に届けるなど、さまざまな役割が期待されています。このように市民と行政の関係が変化したのは、1992年にブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開かれた地球サミット(※1)と、1993年に制定された環境基本法(※2)によるところが大きいと思います。
 それ以前の市民によるアドボカシー活動には、1980年代後半から日本自然保護協会が全国的に行ったブナ林保護キャンペーンなど、成功している事例もありました。ただしこれらは範囲の限られた現場レベルの活動でした。それからしばらくして、国レベルで日本全体のしくみを変えるアドボカシーが徐々に成果をあげはじめます。たとえば森林生態系保護地域の新設など林野庁による1991年の保護林制度の改革や、河川法の目的に河川環境の整備や保全が加えられた1997年の改正などでは、日本自然保護協会を始め、市民団体による国への働きかけが大きな力を発揮しました。このように日本全国の自然に大きく影響を及ぼす国や社会の制度に対して、市民が提言をできるようになり、それが実現できるような状況が整ってきたのです。

※1 地球サミット(環境と開発に関する国際連合会議):1992年、国連が主催した環境と開発をテーマにした国際会議。生物多様性の保全と持続可能な利用を目指す「生物多様性条約」、地球温暖化防止のための「気候変動枠組条約」が採択されるなどの成果を挙げた。
※2 環境基本法:日本の環境政策の根幹を定める法律。環境問題が公害や自然破壊といったローカルな問題から地球環境問題へと広がる中、広く総合的に環境問題に対処するための枠組みを示した基本法。

◎「生物多様性」というキーワードが追い風に
 私の感覚でいうと、日本全体のしくみを変えるアドボカシーが加速されてきたのは、2000年前後からのように感じます。それは、2001年に環境庁が環境省になったことや、2008年にできた生物多様性基本法(※3)などの影響が大きいと思います。
 また、このころから生物多様性という言葉が、徐々に広がり始めました。いまや、生物多様性は、国際的なキーワードとなっています。生物多様性は、遺伝子の問題から生態系まで、カバーしている範囲がかなり広い。そこから生み出される生物資源やサービスの利用は、人間社会を成り立たせる基盤となっており、生物多様性の問題は単なる自然や生き物の問題ではなく、社会問題として認識されるようになっています。そのため、生物多様性という言葉を正面に出すことでアドボカシーの目的が一般の方にも理解されやすくなり、活動を行いやすくなりました。

※3 生物多様性基本法:自然保護関連の法律の上位に位置する理念を定めた基本法。生物多様性の保全を目的に掲げた法律としては国内初。生物多様性政策の根幹を定める日本の法律。


第2部 これからの市民活動はどうあるべきか


◎市民参加で地域計画の作成を
 地域NPOのみなさんにぜひ取り組んでいただきたいのは、自分たちの地域を将来どのような姿にしたいか、その実現に向けた「計画」を作ることです。これまでは豊かな自然の残る場所に開発計画が発表されてから、慌ててそれに対処するということが多かったように感じます。そうではなく、先に地域の自然を守る計画を市民参加で作っておくのです。この地域では、このくらい自然を残すようにしよう、自然が減っている部分はこのくらい回復させましょう、など具体的にどのような自然の状態を理想(目標)としているのか第三者に示せるように準備しておく。そうすれば、開発の話が持ち上がったときに、たとえば「この開発をすると、これだけ自然が減ってしまう。その分を回復する案がないと開発は認められません」という風に、すぐに反応できます。そういう地域の自然を守るための戦略がないと自然は減っていく一方です。
 それから環境問題に取り組んでいる人は、都市圏よりも地方のほうが少ないという傾向があります。県庁所在地には活動をしている人がいても、農村になるとあまりいない。農業をやっている人たちは環境保全活動はやっていないことが多いのですが、過疎化問題、高齢化問題など、困っていることはあると思うんですね。でもそれを「生物多様性」の問題だとは思っていない。私から見ると、農村の過疎化も高齢化も、生物多様性の維持に直接関わってくる問題だから一緒に考えてもらったほうがいいと思うわけです。でも、なかなかそういう風には考えてもらえません。
 このあたりは、アドボカシー活動でいうと実行段階の「ステークホルダーの拡大」に相当します。しっかり時間をかけて啓発を行って、農家の方をはじめ多くの立場の方々に参加してもらわないと、生き物好きの人だけが関わる偏った計画になってしまいます。農村の人は、県庁所在地でやる会議にはなかなか来てくださらないので、地域で会議を開いて車座になって話を聞くという試みなども必要かもしれません。その場合は、行政や助成などのサポートを受けられるよう動いてみるのもひとつの手です。全国をネットワークしているNPOと連携しよう地方で活動していると、地元の自治体の意識が低く、なかなか解決が進まないというケースもあります。そういうときは、日本全体を結んで活動しているNPO(以後「全国NPO」)の人に地元へ来てもらって、講演会をしてもらうのも有効な方法の1つです。他県での取り組みを知ることで、行政の姿勢が変わることも多くあります。
 全国NPOは、世界や日本国内のいろんな地域の成功事例、失敗事例をよく知っています。今は、こうした情報を発信する公のネットワークがないため、地域NPOの人が個別に全国NPOに相談に行っているケースが多いようです。全国NPOの方には、事例集を作るなどして、貴重な情報をぜひ地域NPOに伝えてほしいと思います。

◎自分たちの活動を振り返る機会をもとう
 地域NPOの抱える問題については、マンパワーが足りない、活動を進めるための資金が不足しているなどの課題をよくききます。資金調達では助成金が有効な場合もありますが、一時的に資金をもらっても、すぐに枯渇してしまいますし、同じテーマを長く追っていくことも難しい。ひとつの理想像なのですが、地域の自然を活かした仕事をつくり、活動を長く続けるための経済基盤を整えながら発言していくことも考えてもらいたいですね。たとえば木が余っている地域なら、ウッドチップをストーブに使ってもらう事業をやって資金を調達し、そういう事業とセットでアドボカシーを行う。
 また、これからの市民活動では、一般の人が参加しやすいしくみをつくり、支えてもらうことが非常に重要だと思います。寄付をしてもらう、というのも支えてもらう方法の1つですが、これをしてくれる人は限られているし、寄付を続けてくれる人もまだまだ少ない。でも、たとえば買い物をするときに、自然環境に配慮した商品に切り替える、ということなら抵抗が少なく、その一部が団体の支援に回る仕組みになればいいのではないかと思います。それからフードマイレージ(※4)のように一般の人がわかりやすいしくみをつくって、環境問題が自分たちの生活と深くかかわっていることを可視化することも、支援者のすそ野を広げるためにいいと思います。こうした活動を通して、環境団体を直接的、そして間接的に支援してくれる人たちを増やすことが重要です。

 最後にこれからみなさんにぜひやっていただきたいことを3つ述べたいと思います。1つ目は、2010年のCOP10(生物多様性条約第10回締約国会議。名古屋で開催)で採択された「愛知目標」(※5)に多くの人が自分のこととして関われるようなネットワークを広げること。2つ目は、企業や消費者の行動が変わるような政策提言を行い、社会全体を巻き込むこと。3つ目は、自分たちがやっている活動がどれだけ目標に近づいているのかをしっかりチェックすること。例えば、1年に1回はみんなで集まって確認する機会をもつなど。
 これからは、国際レベル、日本レベル、地域レベルのいずれの活動においても計画性が非常に重要になってくると思います。また、どんなに限定された地域の活動でも、地球全体を意識して、発言や行動をしてほしいと思います。

※4 フードマイレージ:food mileage。Mileageは「輸送距離」。食料の生産地から消費地までの距離に食料の重量をかけた
値を数値化したもので、遠い地域から大量の食料を運ぶほど数値は大きくなる。できるだけ生産地に近い地域で消費するこ
とで環境負荷を減らそうという考えに基づいた概念。
※5 愛知目標:生物多様性の損失速度を2010年までに顕著に減少させるという、「2010年目標」の期間満了後の2011年以
降の目標。行動をおこしていくための指標に工夫がこらされており、時間を区切った具体的な目標を20あげている。


(出典 C's ブックレットシリーズNo.13 はじめよう市民のアドボカシー ~環境NPOの戦略的問題提起から解決まで~ こうやってます【事例編】)